魚たちのすみかとくらし
はじめに
自宅の水槽が、ほんの少し大きくなった。60cm水槽が90cm水槽になっただけなので、横幅が1.5倍になっただけなのだが、厳しい住宅事情と経済事情を考えれば、今の我が家にはこれが限界である。
ところが、いざ設置してみると、これが案外大きな違いだった。自宅水槽はこの2、3年ほぼ同じ面子だが、ついこのあいだまでの60cm水槽では見られなかったようなすみわけが見られるようになった。60cmや30cmなどの小型水槽では見られなかった、こういう魚たちの暮らしぶりを見ていると、ふと自然の海に想いを馳せてしまう・・・というのは言いすぎだが、動きや振る舞い、好きな食べ物などいろいろなことと結びつけて観察すると、漫然と見ているよりも数倍楽しみが増えるのである。
魚たちのすみか
通常、ホームアクアリウムで飼育する魚は、沿岸のごく近いところにすんでいる魚が中心だ。水族館の大水槽で見るような外洋性の魚や、あるいは深海魚みたいなものはまずホームアクアリウムでは無理なので当然と言えば当然だが、とはいえその沿岸近くといってもさまざまな環境があって、仔細に見ていくと非常に多様な環境があり、そこに魚たちは見事に適応してくらしている。
魚のすみかを決める要素
逆説的だが、進化論的に言えば魚が棲家を決めるのではなく、棲家(生態系地位)が魚を進化させたはずだ。
『適応放散』という言葉があって、生き物はいつも競争にさらされているから、常に新しいすみかを求めて広がっていく。そのとき、新しいすみかは大抵生きるのに厳しい要素があるので、進化によって新しいすみかに適応できた種が生き残り、増えていく。サンゴ礁のように多様性に富んだ場所では、いきおい様々なすみかに対する適応が見られる。僕らアクアリストは生き物を健康に飼育するため、その生き物が適応している環境をできるだけ水槽で再現しようとするわけだ。
砂場にいる仲間
我が家の水槽で、砂場にいる時間が長いのはアカハチハゼ、スカーレットフィンラス、カクレクマノミである。アカハチハゼは言うまでもなく、砂底に適応して四六時中『はうはう』することで餌を獲ているし、スカーレットフィンラスは昼間はあまり関係ないが、夜間や緊急事態が起きると直ちに砂に潜って忍者のように姿を消す。(本当はイトヒキベラ系のベラは砂に潜ることはなく、ススキベラとかカンムリベラの技なのだが、何故かうちでは砂に潜っているのである)

カクレクマノミはちょっと事情が違っていて、彼の住まいであるハタゴイソギンチャクがたまたま底砂に接した場所に定着したため、必定その周囲が彼の生活の場となっている。本当ならば海中の「根」の部分に住んでいて、どっちかというと岩場の魚である。
まあ遊泳力があるので、どこにでも行くといえば行くのだが、だいたいいつもダッシュでイソギンにすぐ戻れるところにいることが多い。居場所はハタゴイソギンチャクしだい、というところだろうか。
岩場にいる仲間
水槽の右手に盛り上げた岩場にいつもいるのは、ロイヤルグラマだ。もともと岩礁のちょっと深いところにいる魚であり、岩の隙間に隠れている時間が長い。面白いもので、あんなに派手なファッションに身を包んでいるくせに、石灰藻がたっぷりついた岩場に潜んで顔だけ出していると、これがまた紫の顔が目立ちにくく、きっちり隠れられている。

次いでレモンピールエンゼルが岩場の奥を行き来していることが多いが、これは本来はリーフのサンゴの枝の間をちょこまかと出たり入ったりする生活をおくる種なので、同じように岩場の隙間をすいすいと出入りするのに適した体型をしているからだろう。

そういうことなので、しばしばこの2匹は出会いがしらに激突する。「なんかうまいものはないか?」とノソリと顔を出したロイヤルグラマと、岩場を急回転ですり抜けてきたレモンピールが鉢合わせするのだが、正面から出くわした場合は、ほぼお互い無関心ですれ違うのに、ロイヤルグラマの後ろ姿にぶつかったときはレモンピールが、その色彩が似ているせいか突然血相変えてドツキに行く。するとロイヤルグラマは瞬間芸で岩場に隠れるのだ。
中層をガンガン泳ぎまくる仲間
ナンヨウハギは、我が家の水槽中随一の遊泳力で、我が物顔で中層を支配している。彼女(ドリー、と呼ばれているので便宜上♀ということにしている)がひと泳ぎすると一瞬で隅から隅へ移動するので、中層に漠然とたむろしているデバスズメたちは気が気でない。クモの子を散らすように逃げては、またなんとなく集まってくる。うちの水槽は左右の置くから手前に向けて水流があり、正面のガラス面にぶつかって中央の奥に戻る水流になっているので、デバたちは右向くでもなく左向くでもなく、漠然と中央あたりをウロウロしているが、餌をとる上でもなかなか有利なポジションらしいように見える。

それでも、餌をやるとナンヨウハギはひとっとびで飛んできて大半をガツガツ食べてしまうので、デバたちはなかなか大変だ。
SPS水槽全員集合
ちょっと前の写真だが、SPS水槽の面々がたまたま全員集合した写真。これが不思議に、それぞれの居場所が明確にわかるような配置で写っている。それだけ、その場所にいる時間が長い、ということなのだ。
これまた小さな水槽の中で、見事にすみわけしているじゃないの。
たぶん小さな水槽でなるべく多く混泳させるための秘訣がこれだ。小さいながらもいろいろな環境を作ってやり、できるだけ様々な環境に適応した魚を入れる。水槽が小さくても、生活環境が違えばバッティングして争うことも少ないし、なんとなくそれぞれが自分の居場所を見つけることができる。実際、この水槽にうっかり同じ環境を共有する魚種を入れて、トラブルになったこともある。そんなわけで、なるたけ棲家の異なる魚種を入れるようにして、小さい水槽を楽しむのがいいと思う。そんなことを考えながら飼育していると、また毎日眺める楽しみも増すというものだ。生き物は生き物であって、宝石ではないのだから、彼らの暮らしぶりを注目することで、もっと楽しくなるのだ。
見ていて飽きない魚たちの暮らしぶり
アクアリウムにはいろんな楽しみかたがあってよいと思うが、個人的な意見だが、僕はやはり「それぞれの生き物の暮らしぶり」を見ることが一番大好きだ。昔は小型ヤッコのコレクターになりかけたこともあったが、結局小型水槽で2匹以上のケントロを飼うのはかなり難しいし、そういう争いの種の尽きない水槽を見ていると、なんとなく心がギスギスするよね。

小型水槽だからできること、といえば、やっぱりそれぞれの生き物の暮らしや振る舞いを、きめ細かに見ていくことができることに尽きるのではないだろうか。だからこそ実は、小型水槽はやめられない。大型水槽1本より小型水槽10本のほうが絶対楽しいぞ。

・・・いやいや、大型水槽が持てないからって負け惜しみを言っているわけじゃなくてね(汗。
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